しずこころなく雪の降るらむ

7 03 2011

関東地方は、今日は珍しく大雪だった。

その中、八千代のペット葬儀場まで車を走らせた。

受付をして、一時間ほど待ってお骨を受け取る。人間の時もそうだけれど、お骨の小ささに哀れを感じる。

家の中、いつも犬がいたスペースは片付けられて、寒々とした空気がそこだけ目に見えない形をなして居座っているようだ。





さようなら、ありがとう

6 03 2011

マック。

我が家の愛犬の名前である。

ついさっき亡くなった。本当にあっけなかった。

ここのところ歳のせいか、足下がおぼつかなくなって来ていて、獣医さんの話では(厳密に言うと獣医さんの話を聞いて来た母の話では)、腎臓が悪いとのことだった。日曜日も午前中は診察をしてくれる動物病院なので、母に頼まれて抱っこして病院まで連れて行った。病院は、自宅の前の道路のはす向かいという、目と鼻の先にあるので、自宅で母からの電話を待って診察が終わったら、また病院まで迎えに行くはずだったのだが、家で待っていると母だけが戻って来て、マックの心臓が止まってしまって今蘇生を試みているとのこと。病院に行ってみたら、口から酸素のチューブを入れられて、心臓マッサージをされていた。既に自発呼吸も止まって瞳孔も開いているとのことだった。死因は心不全。

体を洗ってもらって遺体を引き取ることにし、待っている間に母の携帯を使って、外出して観劇中の姉にメールを打つ。

しばらくしてから、他の飼い主さん達の目に触れないように、裏口でタオルにくるまれた遺体を受け取る。まだ体は暖かいけどピクリとも動かない。なぜか行きに抱っこした時よりも重く感じられた。

家に帰って、ケージの中にそっと寝かせた。ケージは、最近夜に我慢できなくなってお漏らしをしてしまうようになったので、母が夜間に入れておくために買って来たものだ。歳をとったんだよなあ、お互い、っていうか家族みんなが。

もう、夜遅く帰って来たとき、こっそり寝顔を覗くことも出来ないんだよなあ。

食べ物をおねだりして、あたたかな下あごを太ももの上に乗っけて、上目遣いに見上げてくれることもないんだよなあ。

俺が咳やくしゃみをすると、怒って吠えてくれることもないんだよなあ。

ごめんな、最期に抱っこしたのが俺で。ほんとはお母さんや、お姉ちゃんや、普段お前のことをちゃんと面倒見てくれる人に、最期は抱っこされたかったよなあ、きっと。ごめんな。

さようなら、ありがとう。





ウェンディーズが復活するらしい

3 03 2011

ウェンディーズが復活するらしい。

http://mainichi.jp/select/biz/news/20110304k0000m020053000c.html

学生時代、新宿で伊勢丹近くの映画館に行った時は、よく近くのウェンディーズでパンフレットを広げながらチリを食べたものだった。

「刑事コロンボ」で、コロンボの好物として名を馳せた「チリ・コン・カン」。どんな食べ物なんだろうと小学校の頃から思っていたのが、ウェンディーズがやって来て初めて食べることができた。それが高校生の頃だったかな。

寒い日に、辛みを効かせたチリとホットコーヒー。今見た映画のことを思い出しながらめくるパンフレット。





なぜ?

3 02 2011

http://jp.akinator.com/

 

結構有名らしい.知らなかった。

任意の人を思い浮かべた上で、質問に答えて行くとその思い浮かべた人をぴたりと当てるというゲーム。

いや、これが本当に当たります。どうにかして外してやろうと思うんだが、人名のデータベースがあるはずだから、そこにないような名前を思い浮かべれば良いんだろうけど。





E-5その後

1 02 2011

オリンパスのHPで応募して当選したデジイチのE-5。性能を発揮できるいいレンズが欲しくなったので、ネットで調べて12−60mmを購入。フォーサーズ規格だと焦点距離が2倍になるので、24mmー120mmとなり、広角から中望遠までこれ一本で押さえられる上、超音波モーターでチョッ早の合焦、そのうえ防滴防塵仕様という優れもの。

 

のはずだったんですがねえ。本日届いていたレンズをE-5に付けてみたところ、全然ピントが合わない。っていうかオートフォーカスが働かない。よくよくボディの液晶表示を見てみたら、絞り値が表示されていない。スーパーコンパネと呼称する液晶表示で確認しても同様。レンズを手持ちの他のものに取り替えると、まともに表示、動作するので、届いたレンズの不良に間違いなし。

レンズのユーザー登録と同時に、修理依頼をネットで出すはめになりました。せっかくちょっとは安く買えたのに、サービスセンターまでの往復の交通費と時間でチャラだよ。





遠藤周作「海と毒薬」

25 01 2011

最初に断言してしまおう。これは失敗作であると。

毎日出版文化賞と新潮社文学賞の受賞作ではあるのだが、読めば誰しも思うことではないかと思うのだが、物語の構造が破綻しているのだ。

物語の始まりは、ある男の一人称の語りで始まる。男は郊外に家を構え引っ越して来たばかりで、まだ周囲の環境にとけ込むことができず戸惑っている。男には気胸の持病があり、定期的に治療のために医者に通わなくてはならない。見つけた医者は、何となく陰気くさくてどうも通院する気にはならないのだが、近く親類の結婚式に出なくてはならないという事情もあり嫌々行ってみると、存外腕がいいことがわかる。そしてじきに男は、この医師が大戦末期に米軍捕虜に対して生体実験を行った医師だということを知る。

ここで物語は戦争末期に時間を遡り、くだんの医師勝呂が、九州のF医大で戦争捕虜の米兵に対して行われた、非人道的な生体実験に巻き込まれて行く様子を、第三人称で描いて行く。

続いて、『裁かれる人々」の題で、おそらくは戦後になされた「告白」手記が続く。告白するのは手術に立ち会うことになった看護婦、勝呂医師と同期の研修医の二名。この章はこの二名の告白にそれぞれ「I」「II」の番号が振られ、最後に「III」で再び第三人称に文体を戻し生体実験の顛末を描写した後、病院の屋上で「闇の中に白く光っている海」を見つめる勝呂の姿で物語は幕を閉じる。

読了後、なんだかこれに近い感じの構成の話を読んだことがあるなあ、と思ったのだが、思い出した。夏目漱石の「こころ」だ。「こころ」も第三人称で語られる主人公の物語から始まり、「先生」の一人称の「告白」が入り、第三人称に戻って、不安を感じながら急ぎ帰京する主人公を乗せて走る列車のシーンで幕を閉じている。作家の小林信彦は、この構成をして物語が破綻していて、なんでこれが教科書に載るのかが判らない。漱石なら他にもっとまともな作品があるのに、というようなことをエッセイで書いていたと記憶している。

遠藤周作の「海と毒薬」にしても、とくに最初に登場した気胸を病む「私」の存在が、これでは何を意味しているのかが分からない。戦争末期の大学病院内部の勢力争いを含めた生体実験に至るまでの描写は、勝呂医師によって「私」に語られたものなのか、第二章の『裁かれる人々」の告白手記は「私」によって読まれているとうい想定なのか、どうなのか。

また、「私」は出張のついでとは言いながら当の大学にまで出向くほど、戦争末期のこの事件にかくも関心を抱き、勝呂医師に関心を抱いたのかが判らない。

これは予想であるのだが、おそらくこの小説は「書きかけ」または続編が予め想定されていたのではないだろうか。事実、遠藤自身「海と毒薬:第二部」の執筆について語っていたそうだが、もともと物語を冒頭の「私」がいる時間軸まで戻して、何らかの「救済」または「救済の可能性」を書き記して、物語を閉じるつもりではなかったかと思う。そうであれば、「私」の登場も、存在も意味を持ち得る。未完であるからこそ、妙な構成であり、そのため物語を見た場合構造欠陥を持つ失敗作であるのではないだろうか。

諸事情あって第二部は書かれずに、遠藤は生涯を終えてしまうわけだが、しかしなぜ「海と毒薬」はこのような中途半端な形で終わってしまったのであろうか。遠藤自身は「神なき日本人における罪の意識の不在」を描きたかった、と言われているが、この物語のような一種の極限状態においては、行われる行為の非人道性が、心に神という規範を持つか否かということに関わらないのではないかという疑問が、当然のこととして思われる。また、神を持つ欧米社会においても、先の大戦中やその前後に、例えばユダヤ民族のホロコースト、ドレスデンやロンドンへの無差別爆撃、日系人の強制収容所送り等の、キリスト教の倫理観に照らし合わせても、これはいったいどうなのよ?ということは起きている。近年に至ってもキリスト教武装勢力によるレバノン内戦の勃発とか、「神を持つ人々の罪の意識のあり方」を問いたい問題は数えきれない。

多分遠藤自身がそんなことは百も承知だ。むしろだからこそ、安易な救済や救済の可能性を物語に付け加えることができなかった、とはいえないであろうか。

おそらく、物語を書き始めた当初では作家には救済、またはその可能性が見えていたのであろう。そうでなくては書き始められないはずだ。結論が「神なき日本人には、それ故に罪の意識が希薄であり従って救済があり得ない」であるならば、作家の信仰するキリスト教は、日本人に対して全くの無力となってしまうではないか。「海と毒薬」という作品では、結局書き進めるにしたがいその救済の可能性を作家が見失ってしまったのであろう。

ならば、ならばこそ遠藤周作は「神のいない日本人にとっての神」を再定義したキリスト教観を、作り上げなければならない必要に迫られる。それができなければ、日本人である遠藤はキリスト教徒ではいられなくなる。

良く知られた話であるが、遠藤は自信のキリスト教観を、「身にあわない服を仕立て直した」という比喩をもって説明している。これを言葉のままに解釈すれば、遠藤のキリスト教はレディーメイドの、つまりはオリジンのキリスト教ではなく、セミオーダーメイドの自分オリジナルなキリスト教であるということになってしまう。奇妙な話ではないか。キリスト教そのままでは信仰できないから、自分なりの解釈を加えたと言っているのだ。一つにはそんなことが許されるのか、という問題がある。むろんキリスト教徒と言っても、個人個人の解釈や教義への接し方への差異はあるはずであるが、それはある意味誤差範囲であるべきで、堂々と「仕立て直した」などと言ってしまってはそもそも信教として成立しない。普通はそう考えるはずだ。第二に、なんでそうまでしてキリスト教徒であろうとしたのかという問題がある。棄教するという選択肢もあるはずである。というか、仕立て直さなければ信仰できないようなものであるならば、自分で「○○派」という分派でもたてなければ、棄教するしかないのではないか。たとえ「○○派」を唱えたところで、バチカンなどのカソリックや英国国教会などのプロテスタントなどの主流派に、存在を認めてもらわなければ「異端者」である。過去に存在したグノーシス派やアリウス派のようなものだ。

第一の疑問については、実際の話、遠藤はノーベル文学賞の候補にもなったが、受賞に至らなかったのは、彼のキリスト教解釈が独自であったことが、西欧社会には受け入れ難いことであったことが理由の一つであったそうだ。

第二の疑問、「なぜキリスト教を捨てずに独自解釈をしてまで、キリスト教徒であろうとしたのか」については、私は一つの仮説を持っている。それを述べる前に、遠藤の「仕立て直した」キリスト教解釈がどのようなものであったか、もう少し詳しく考えてみたい。そのために遠藤自身によるキリスト教解説といえる著作、「イエスの生涯」に目を通してみることにしようと思う。





良いことがあった!

19 01 2011

忙しいばっかで、なーんも良いこたぁねえもんだなあ。と日々思う2011年1月。

ちょっと良いことがありました。

オリンパスのHPで、どーせ使うこともないからと、溜まったポイントを懸賞応募に申し込み口数上限の10口分使ったところ、本日当選しましたとのメールが。

3等くらいはあたるかと思ってたら、なんと1等。オリンパスのフォーサーズ・フラッグシップE-5のボディが当たったとのこと。万歳!